WEBデザイナー・グラフィックデザイナー安田昌平がネット上に開いた社会のまどの中のブログ

エッセイ?の最近のブログ記事

お久しぶり。

 さて、突然だが、あなたは「向こうずね」をコンクリートの角にぶつけて、目頭を熱くしたことはないだろうか…。当のスネばかりか、しびれるような温かいような切なさが全身に行き渡り、しばらくの間は身体に力が入らない。なんとも形容しがたいアレである。弁慶でさえ泣くのだから、私など号泣といったところだ。

 「最近、ダセイになってしまって…」「こんなダセイの生活から抜け出したい…」等々、どうやら『惰性』というヤツは嫌われ者で極悪と思われているらしい。そうなると、私の中の天の邪鬼がムクムクと起きあがり、「ちょっと待ってくれ! ダセイ君はホントはいいヤツなんだ!」と思わずにはいられない。こんな時こそ私の出番。さあ、特捜隊の出動だ!?

 “自己中心的”は昨今の社会において、必ずと行っていいほど、その人を批判する表現としてしようされるようだ。実際、自分の都合ばかり考えている人に接すると、憤りを覚えるものだ。
 だが、ここでちょっと冷静に考えてみたい。生きている人間の中で自分を中心に置かない人などいるだろうか? さだまさしも歌っているではないか。「自分の人生の中では誰もが皆主人公」と。さらに、懐メロでは「二人の為に世界はあるのぉ〜」という歌さえヒットしている。これらには多くの方が共感できるはずだ。このような価値観を“自己中心的”と呼ばずに何と呼ぶのだろう。

では、なぜ“自己中心的”が批判の対象となるのか?

ちょっと待って! そのことば!

「おいおい、ほんとにそれでいいんですか?」「その認識に未来はあるのですか?」……。
日常なにげなく使っている言葉の中には、風評のまま検証されることもなく使われているものが多い。これらの中から“救済されるべきことば”“糾弾されるべきことば”を取り上げ、人類の明るい未来のために“ヤツ等”と戦う『ことば特捜隊』が組織された。隊員は私一人。武器として装備されたのは今のところ『愛のブレスト波動バリア』『嘆きのロケットパンチ』の二つ。全く未知の敵との戦いなので、どの程度の効力を発揮するかは不明だが、“ヤツ等”を黙って見過ごす訳にはいかない!
この戦いには、特に誰にも賛同を求めるものではないが、笑い飛ばしたり批判する前に、一度そのことばの検証を試みていただきたい。そして、世の中に流れている“常識”の真価を問う動きが開始されるならば、きっと世界平和への道は明るく照らされるに違いない(?)。

「私は犬が好きなの!」「いや、僕はやっぱり猫だなぁ」
「それじゃあ、あなたは犬と猫、どっちがすき?」…巷でよく交わされる会話である。
 たわいもない会話のようだが、私はこの奥に遂に巨大な(?)“脳内リンク”を発見した!

 実際に私もこのような問いかけを何度も受けてきたが、その度に釈然としない気分になりながら「う〜ん、どっちかと言えば犬かな?」と答えたり、気分によっては「やっぱ、猫かな?」などと適当な返事をするばかりだった。しかし数年前、女将さんからこの問いかけを受けた時、なぜか私は『正直に答えよう』と思って、少し真面目に考えてみた。やはり、どちらかと言えば犬の方がいい。猫は気分屋で人間様を馬鹿にしたようなところがあり、好きになれない。いや待てよ? 実家の隣の家の飼い犬は根性が曲がっているみたいで嫌いだ。また、猫だって喉を鳴らしてすり寄ってこられたら可愛いものだ。むむむ…。いったい私は“犬好き”なのか“猫好き”なのか??? ほんの数秒間に真面目に考えた末、私が出した最も的確にこの状態を表現した答えは…

 またも夫婦ネタで恐縮だが、これほど強力な“リンク”は、おそらく他にないだろう。

 私の父は呉服店を営んでいて、仕入れなどのために度々京都や東京に足を運ぶ。私も子どもの頃から年に何度か東京へ付いて行き、都会の雰囲気を味あわせてもらったものだ。おかげで高校を卒業して田舎から突然都会に出ていった時にも、大してカルチャーショックに悩まされることもなく生活に馴染めたと大変感謝している。また、好奇心旺盛な父は、「食」や「文化」にその本領を発揮し、大いに私を巻き込んだ。あそこに“旨いモノ”があると言っては食べに行き、こちらに“面白いモノ”があると言っては見に行った。不精者の私が、そこそこ知識と経験が得られたのは、父の尻にくっついて来た少年時代のこうした背景があったからに違いない。

 私が結婚して、2年程過ぎた時のこと。妻と“美術展”“展覧会”の話になった。妻は都会育ち、私は田舎育ちだが、なにせ私は少年時代“金魚の糞”で色々なモノを観て育った。こうした話題にも臆するものではない。
「そう言えば昔、上野に“ピテカントロプス展”を見にいったなぁ。あぁ懐かしい。」私は自慢げに言ったのだった。
「パンフレットの表紙がブルーのベースにピテカントロプスの横顔のヤツでしょ? 私もそれ観た観た!」妻は意外な反応を示した。
「え? それじゃあ、もしかして日本橋高島屋でやってた“ミレー展”も観に行ってたりして…」
「“種を蒔く人”の下地に別の絵が隠されていた…って、アレでしょ? 私も行ったよ。もしかして、会場ですれ違っていたりして!?」
 これは、どうしたことか! 学生時代に初めて出逢ったと思っていた二人は、実はその何年も前に逢っていた可能性が浮上したのだ。さらに、自分で決めたと思っていた結婚が、何物かによって(?)決められていたことさえ考えられる。“ピテカントロプス”か“種を蒔く人”の仕業か!?

 これは、妻と二人で発見した。それだけにsection1に比べ、汎用性が若干高い“リンク”になっている。妻の実家は千葉県にあるが、ご両親はなんとあの江戸っ子だ。私は父の影響で子供の頃から「落語」が大好きであった。熊さん・八っつぁんの世界には耳に馴染みあり、憧れさえ抱いていた。意識はしなかったが結果として熊さん・八っつぁんの様な人達と親戚になれたのは、結婚して愛しの彼女と暮らせることに匹敵するほど実は嬉しかった。しかも、妻も江戸っ子の気質を確かに受け継いでいる。私はなんと幸運な男なのだろう。
 しかし、これには思わぬ落とし穴があった。落語を聞いて笑っている分には“落ち”があり、「お後がよるしいようで…」で、一巻の終わりだが、本物の江戸っ子はそうはいかない。落とし話の中のドタバタが24時間、365日に渡って繰り広げられるのだから、そうそう笑ってばかりもいられないのだ。

 誰も共感してくれないかもしれない。しかし、私の中ではかなりイケてる“リンク”のひとつだ。これに初めて気が付いたのは18歳の時。高校を卒業して川崎市にあったデザイン専門学校に通うため、アパートを借りて一人暮らしを始めたころのことだった。
 親元を離れての一人きり生活。非常に寂しい思いをする中で、私はある法則に気が付いた。『寂しさに、胸が締め付けられるほど切ない時が来る。そして、その様な時には決まって尿意があるのだ。しかも、放尿が済むと寂しさ、切なさ等は必ず軽減される。』

 私が始めて“リンク”の重要性に気が付かされたのは、月刊誌の編集社に就職して間もなく、Mac導入以前のことである。それまでは、印刷物に“誤植”なるものが存在するとか、“誤植”の危険性が日常的に迫っていることなど、全く知らずに生きてきたが、その後、何度と無くコレに悩まされることになった。そこで初めて、原稿と初校のリンク、再校と仕上がりのリンクは勿論、雑誌の場合には一つの直しに対して関連記事や目次とのリンクにも、細心の注意をはらわなければならないことに戸惑った。大いに驚きを感じたことを今でも鮮明に覚えている。それらは短絡的、衝動的に暮らしてきた私には大きなプレッシャーになった(なっている)ことは言うまでもない。しかし、その時から“リンク”を自在に操れる人間になることが、私の目標になったのだ。

 何かプロっぽい……。それだけが目標を掲げた唯一の動機だった。目の前にある事柄ばかりではなく、それによって生じる様々に波及する現象の数々に神経を張り巡らす。あるいは、一つの事柄の奥に潜んでいる別の事柄との関係に気づき、操る……。何と、格好いい世界があるのだろう! 安田青年は“リンク”の世界に魅せられた。